2ちゃんねる感動スレまとめ

2ちゃんねるの感動するスレをまとめているブログです。

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このぽっけすごいねんで!!

299 名前: 名無しの心子知らず [sage] 投稿日: 2006/03/05(日) 05:18:10 ID:qagTwGHq
ある日Aが死んだ
脳溢血だった
職場で突然倒れそのまま逝ってしまった


友達はいわゆるシングルマザーで家族は60を過ぎた御両親だけ
私達も悲しみにくれる間も殆ど無く、葬儀の準備の手伝い、
関係者への連絡などで忙殺されていた

その間、彼はずっとジュウレンジャーの絵本を
何度も何度も読んでいた

通夜が始まりしばらく経った頃、彼が居ない事に気付いた
私と手の空いた者が付近を探した

しばらく探していると友達Bから着信
小さな公園で見つけたとの事

急いで駆けつけるとBは公園の入口で、
どういうワケかうずくまって泣いていた

フッ…と公園の中を見ると彼が居た

暗い街灯の下、


「…お母さん、お母さん…お母さん…」

と泣きながら必死にポケットを叩いてた
周りには宝物が損らばっていた

恥ずかしながら20代女、その子慰める前に
しばらくの間 泣き崩れてしまいました

声を殺して抱きしめる事しか出来なかった
いつの間にか集まってたみんなも泣いていた

あの日は全てが悲しくて仕方がなかった


300 名前: 名無しの心子知らず [sage] 投稿日: 2006/03/05(日) 05:29:05 ID:qagTwGHq
あれから二年
もうポケットは叩く事は無くなった
代わりに

「ぐらふぃっくあーてぃすとになんねん(`・ω・´)三3ムフー!!」

が口癖になった

最近、ずっと絵を描いてるのはソレだったのか
どうやらBが 「お母さんの夢やったんよ」 と教えたらしい
その話を聞いた瞬間、また泣いてしまった
子供の言葉で、何だかこっちの方が救われた気がしたんです

少し画家と混同しているみたいだけど、頑張れ
君には5人のお母さんがついてるぞ
その日までちゃんとAの分まで全力で見守ってるからね

今気付いたけど、スレ違いだったらスイマセンm(__)m
乱文 失礼致しました


  1. 2013/8/31(土) 22:36:58|
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お兄ちゃん

837 :おさかなくわえた名無しさん :2006/11/07(火) 21:35:47 ID:s1dZeqQV
それから数年して、お兄ちゃんが彼女さんと結婚することになった。
私は悲しくて、泣き喚いて阻止しようとした。
デートについて行っては、彼女さんを困らせて「嫌いだ」と口走り。
いよいよ結婚する段になったら、お兄ちゃんにも「嫌いだ」と言い、
話しかけられても無視して、「お兄ちゃん」とも呼ばなくなった。
結婚式の時、直前になって指輪を運ぶ役を嫌がって止めてしまい、
披露宴でお兄ちゃんに読む手紙も、不貞腐れて結局読まなかった。
母や母の旦那さんが私を叱る中、お兄ちゃんと彼女さんは私を気遣って庇ってくれた。

それから半年ぐらい後の日曜日の真昼間。
お兄ちゃんと彼女さんは、居眠り運転のトラックに突っ込まれて即死した。
結婚式から一度も「お兄ちゃん」と呼ばず、なんとなく気恥ずかしくて気まずくて、
昔みたいに接しないまま、真ん中のお兄ちゃんは死んでしまった。

後悔と言うか、何がなんだか分からなくて泣きもしなかった。
お葬式が終わって、二人の新婚生活の始末をした時に、
5日後に迫った私の誕生日プレゼントが、押入れの中にしまってあったと、母から渡された。


838 :おさかなくわえた名無しさん :2006/11/07(火) 21:36:56 ID:s1dZeqQV
「誕生日おめでとう。また一緒に遊ぼうね。」と、お兄ちゃんと彼女さんの連名で、大きな熊のぬいぐるみ。
人が死ぬということを理解したわけではないけれど、もう二度と会えないことだけはよく分かった。その時初めて涙が出て、それからずっと泣き続けた。

今、高校生になってあの時のことを思い出すと、申し訳ない気持ちで一杯になる。
もし同じ立場になった時、今の私にお兄ちゃんや彼女さんと同じような態度が取れただろうか。
つまらない子供の話を、飽きもせずに聞いてあげられるだろうか。
いつもいつも付きまとう子供を、優しく抱きしめてあげられるだろうか。
二人きりでいたいはずなのに、お邪魔する子供を喜んであげられるだろうか。

アルバムの中のお兄ちゃんと私は、いつも凄く楽しそうに笑ってるのに、
私が鮮明に思い出せるのは、「嫌いだ」と言われたときのお兄ちゃんの寂しそうな顔でしかない。


  1. 2013/8/30(金) 22:38:8|
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親父が作ってくれた弁当

51 名前:おさかなくわえた名無しさん[sage] 投稿日:2006/05/26(金) 20:58:52 ID:KQFLOVR2
小1の秋に母親が男作って家を出ていき、俺は親父の飯で育てられた。
当時は親父の下手くそな料理が嫌でたまらず、また母親が突然いなくなった
寂しさもあいまって俺は飯のたびに癇癪おこして大泣きしたりわめいたり、
ひどい時には焦げた卵焼きを親父に向けて投げつけたりなんてこともあった。
翌年、小2の春にあった遠足の弁当もやっぱり親父の手作り。
俺は嫌でたまらず、一口も食べずに友達にちょっとずつわけてもらったおかずと
持っていったお菓子のみで腹を満たした。弁当の中身は道に捨ててしまった。
家に帰って空の弁当箱を親父に渡すと、親父は俺が全部食べたんだと思い
涙目になりながら俺の頭をぐりぐりと撫で、「全部食ったか、えらいな!ありがとうなあ!」と本当に嬉しそうな声と顔で言った。俺は本当のことなんてもちろん言えなかった。
でもその後の家庭訪問の時に、担任の先生が俺が遠足で弁当を捨てていたことを親父に言ったわけ。
親父は相当なショックを受けてて、でも先生が帰った後も俺に対して怒鳴ったりはせずにただ項垂れていた。
さすがに罪悪感を覚えた俺は気まずさもあってその夜、早々に布団にもぐりこんだ。
でもなかなか眠れず、やっぱり親父に謝ろうと思い親父のところに戻ろうとした。
流しのところの電気がついてたので皿でも洗ってんのかなと思って覗いたら、
親父が読みすぎたせいかボロボロになった料理の本と遠足の時に持ってった弁当箱を見ながら泣いていた。
で、俺はその時ようやく、自分がとんでもないことをしたんだってことを自覚した。
でも初めて見る泣いてる親父の姿にびびってしまい、謝ろうにもなかなか踏み出せない。
結局俺はまた布団に戻って、そんで心の中で親父に何回も謝りながら泣いた。
翌朝、弁当のことや今までのことを謝った俺の頭を親父はまたぐりぐりと撫でてくれて、俺はそれ以来親父の作った飯を残すことは無くなった。
親父は去年死んだ。病院で息を引き取る間際、悲しいのと寂しいのとで頭が混乱しつつ涙と鼻水流しながら
「色々ありがとな、飯もありがとな、卵焼きありがとな、ほうれん草のアレとかすげえ美味かった」とか何とか言った俺に対し、
親父はもう声も出せない状態だったものの微かに笑いつつ頷いてくれた。
弁当のこととか色々、思い出すたび切なくて申し訳なくて泣きたくなる。


  1. 2013/8/29(木) 22:36:3|
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猫は最悪だよ

すぐゲロ吐くし
毛は撒き散らすし
人の顔の前で屁はこくし
勝手に布団は占領するし
読書してると邪魔してくるし
家具はあちこちボロボロにするし
発情すれば馬鹿みたいに喚き散らすし
朝は早くからメシメシ言って起こしてくるし
その割にはグルメ気取りで気に入らない味だと残しやがるし
メシを食ったら運動だろうがと当然のごとく要求してくるし
やっと大人しくなったかと思えばトイレが汚いってうるさいし
たまにこっちが遊ぼうと誘ってもウザそうにメンチきってくるし
テレビのリモコンをすぐ枕代わりにして、使おうとすればメンチきってくるし
買い物すれば、いちいち袋の中身をチェックして、俺も入ると言い張るし
深夜、息苦しくて目が覚めれば、人の上で勝手にまったり寛いでいやがるし
ブラッシングしろとせがんできたくせに、いきなり腕に噛み付いてきたりするし
ネズミやら鳥の死骸を放置するから、汚いだろって片付けたら何か怒りだすし
人がご飯を食うのを凝視してくるもんだから、落ち着いて食事もできないし
棚から物を落としておいて、お前がココを片さないのが悪いみたいな顔するし
夏だか何だかを探してるんだか知らんけど、何かと扉や窓を開けれとうるさいし
ノミダニ沸かないように体を洗えば、ギャースカ騒いでこっちが虐めたみたいにいじけるし
動物病院に定期検診に行く日には、タンスの奥で踏ん張って意地でも出てこようとしないし
あげく、こっちが計り知れない手間隙かけて十数年も世話してやったのに、勝手にぽっくり逝っちまう

あいつら、ほんと恩知らずな悪魔だよ
あんな面倒臭い生き物を飼いたいだなんてマジキチ
まあ、ちょっと見かけが可愛いからって、衝動的に猫を飼うのはやめておけってこった


  1. 2013/8/28(水) 22:35:23|
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ディズニーランドのあるレストランでの話

137 :名無しさん@120分待ち :02/06/25 03:32 ID:RBNJQkM2
秋もだいぶ深まってまいりました。ディズニーランドのスタッフの皆様、
いつも私たちにステキな夢をありがとうございます。

今月、数年ぶりに主人とディズニーランドに遊びに行かせていただきました。
実はこの日は、一年前に亡くなった私達の娘の誕生日、そして命日でした。
身体がとても弱かったために、生まれて間もなくこの世を去ってしまい、主人と二人、
ずいぶんと長い間、深い哀しみにおりました。
助けてあげられなかったこと、何一つ我が子にしてあげられなかったこと、
いまでも悔やんで仕方ありません。
生まれてきたら、このディズニーランドに連れてきてあげたいという私たちの夢も果たすこともできず、主人と話し、この日、娘の供養のために来ることができました。

事前にガイドブックを見て、かわいいお子様ランチがあることを知り、
娘に食べさせてあげたいと思い、ワールドバザールにあるイーストサイド・カフェに入りました。
本当は8歳以下でないと注文することができないものでしたが、お店の方に事情を話すと、
快く注文を聞いてくださいました。
そして隣の4人掛けのテーブルに子供用のイスまで用意してくださって、
「3名様、こちらにどうぞ」と席を移してくださったのです。
「本日はよくきてくださいました。ご家族で楽しんでいってくださいね」と、
まるで我が子がここに一緒にいるように私たちをもてなしてくださり、
主人も私も感激で胸がいっぱいになり、涙があふれました。
娘を亡くしてからはじめて、「親子3人でいる」ということを味わわせてくださって、
本当に感謝しております。
娘が生きていてくれたらどんなに幸せだったろうという思いでいっぱいです。

お店の方々にとても親切にしていただき、そしてかわいいお子様ランチも食べることができて、娘もさぞ喜んでいたと思います。
思いもよらぬ皆様の温かなおもてなしのおかげで、とても良い想い出ができましたし、
娘のためにも、とてもよい供養ができたと思います。
親子3人で楽しいひとときを過ごさせていただきまして、本当にありがとうございました。
あの時のお礼を言いたくて手紙を書かせていただきました。

娘は天国へ行ってしまったけれど、私たちのかけがえのない宝です。
これからも愛し続け、一生ずっと一緒に生きて行こうと思います。
また娘を連れて遊びに行かせていただきます。ステキな夢を見れる日を楽しみにしています。
 
スタッフの皆様、日ごとに寒さが加わってまいりますので、お体を大切に、
これからも私たちのために頑張って下さい。では、さようなら。


  1. 2013/8/27(火) 22:35:1|
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